
弊社は、創業以来「研削」をテーマに事業を展開してまいりました。現在核となっているのは、専用工作機械の設計・製造並びに切削工具の加工でございます。言うまでもなく、日本経済は戦後凄まじい成長を続けてきましたが、弊社の60年余りの歴史は正にこの経済発展とともにあったと言えます。
なかでも、光機械製作所にとって大きな転換点となったのは1960年代の半ばで、この時期を境に、工作機械部門では汎用の平面研削盤の製造から専用工作機械の製造へと特化し、これにより受注1台ごとに高度な技術革新に挑戦する日々に身をおくことになりました。また、同時期、超硬スローアウェイチップ゚やドリルを中心とした切削工具の量産をスタートさせたことで、社内では知識・情報・経験のフィードバッグが活発に交わされる様になりました。現在我々が誇りにしている固有技術とノウハウは、こうした不断の技術錬磨がもたらした賜物だと考えております。
今後は、中核技術の更なる尖鋭化を図り、ものづくりの現場に向けてその技術とノウハウのすべてを活かした価値あるご提案を続けてまいる所存でございます。
折りしも、海外展開や工場のインテリジェンス化が進み、市場競争がますます激しさを増すなか、過去の枠組みにとらわれることなく皆様の総合的な生産向上にお役に立てる存在感のある企業を目指し、社員一丸となって専心努力を重ねてまいります。どうぞ倍旧のお引立て・ご鞭撻を賜ります様、心よりお願い申し上げます。
最終更新日:2010-09-02

Be Professional!;プロ意識に徹する
「プロ意識とは常に積極果敢に自らの仕事を極めようと
努力するものであり、それは自己完成への道である。」
最終更新日:2010-09-02
| 1946年 西岡芳光が三重県津市に光工作所を創業し、紡績機の製作に着手する。 |
| 1953年 工作機械、研削盤の研究、試作に入る。 |
| 1958年 光機械製作所と名を改め、工作機械、研削盤の市販を始める。 |
| 1959年 株式会社光機械製作所に改組し、現在地に拡張移転する。 |
| 1961年 中小企業庁長官より優良企業工場として表彰を受ける。 |
| 1962年 工作機械に加え各種量産自動専用機の製作を開始する。 |
| 各種金型治具の製作を開始する。 |
| 1967年 第二工場を整備し、切削工具の量産を開始する。 |
| 1968年 マグネット鉄芯の一貫生産を行う。 |
| 1971年 中小企業庁より「中小企業合理化モデル工場」の指定を受ける。 |
| 1973年 中小企業庁より「中小企業合理化モデル工場」の再指定を受ける。 |
| 1974年 第三工場を竣工し、情報関連機器の製造を開始する。 |
| 1977年 自動車重要保安部品(ブレーキ部品)の製造を開始する。 |
| 1980年 油圧ポンプベーンの量産に着手する。 |
| 1981年 住友電工イゲタロイ製品の販売を開始する。 |
| 取締役社長・西岡芳光が会長になり |
| 取締役専務・西岡寅之助が取締役社長に就任する。 |
| 1983年 ドットプリントワイヤーの量産製作を開始する。 |
| 1991年 マルチドリル研磨装置の製造販売を開始する。 |
| 1992年 特型工具の製造販売を開始する。 |
| 1995年 超酸化水生成器の製造販売を開始する。 |
| 1997年 超酸化水「ミラクルサンスイ」の販売を開始する。 |
| 名古屋中小企業投資育成より1000万円の増資を受ける。 |
| 2001年 取締役社長・西岡寅之助が取締役会長になり、 |
| 取締役副社長・西岡慶子が取締役社長に就任する。 |
| レトロフィット事業に本格的に参入する。 |
| 2002年 環境機器平成14年度三重県研究開発助成事業に指定される。 |
| 2004年 名古屋商工会議所の「モノづくりブランドNAGOYA」事業において |
| 中部の製造業を支える優れた企業として顕彰を受ける。 |
| 2007年 経済産業省より |
| 「明日の日本を支える元気なモノ作り中小企業 300社、2007年」 |
| に選ばれ感謝状を受ける。 |
| 2009年 三重県より「男女がいきいきと働いている企業」選考委員会奨励賞を受賞する。 |
| 津商工会議所より「平成21年度優良会員企業、環境改善分野」の表彰を受ける。 |
最終更新日:2010-09-02
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