第10話 俺たちは相棒だ(3)

「じゃあジョニー、おまえのどこをどうなおせば、おまえが金型として完成するのかオレに教えてくれるんだな?」

「あー、教えてやれるさ」

「でもさ、どうやって微妙な仕上げ具合をオレに伝えるんだよ。ありえねえだろう、やっぱし」

「まったく、なにからなにまで飲み込みの悪い野郎だな。ちょっと俺に触ってみな」

小川はジョニーの表面を触った。

「そのまま、そーっと、手でなぞってみな」

小川は言われたとおりジョニーの表面をなぞりながら、手の平に伝わってくる温感のようなものに驚いていた。

「おいジョニー、わかるぞ。すげえよ! わかるよ、ジョニー! この温かく感じるところを磨いていけばいいんだな」

「たぶんそれでいいと思うぜ。俺だって新人なんだから、そんなに全部わかっているわけじゃねえけど、昼間プレスしたときの痛みは忘れてねえからさ。その痛かった場所を教えることはできるんだよ」

小川はこれでこの金型を仕上げることができると心底ホッとした。そして多くの先人達の〝鉄の声を聞く〟という言葉の意味を初めて理解したような気がした。

「おいシンジ。おまえ、もしかしたら自分が熟練した金型職人にでもなれたと勘違いしてねえか? おまえは、まだまだ金型の技術者としては、ヨチヨチ歩きのヒヨッコだってことをちゃんとわきまえていてくれよ。謙虚に学ぶ心がないと、俺以外の奴の声を聞くなんて、到底無理な話だぜ」

「勘違いなんてしてないさ。けど、やっぱ先が見えるってうれしいよ」

「そんなもんかね。ところで話を戻すけど、おまえ、この会社の秘密知りたくないのか?」

小川は、ジョニーが不敵に微笑んだような気がした。

「おまえのほうがしゃべりたくて我慢ならないんじゃないのか」

「なんだと! じゃあいいよ。この話はこれで終わりだ。せっかく人が親切にしてやってるのに、そんな言い方はないんじゃねえのか」

なんだか見捨てられるようで小川は怖くなってきた。

「ごめん、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ」

「それが人に謝る態度か」

「人じゃないと思うけど」

小川は、先ほどから人間のように振る舞っている金型への微妙な気持ちが、つい口から洩れてしまった。

「ほんとに怒るぞ。おまえ一人じゃ絶対に俺を一級の金型に仕上げることなんてできないんだからな」

「いや、ほんとごめん。俺が悪かった。許してくれよ」

「土下座」

「えっ?」

「土下座だよ。昔から謝るときは土下座って決まってるだろう」

小川は、金型にここまで言われて情けないと思いつつ、金型を仕上げるためならしょうがないと、しぶしぶながら両手をついて謝った。

「申し訳ありませんでした。お願いですから会社の秘密を教えてください」

「しょうがねえなあ。そんなに言うんじゃ教えないこともないんだけど……って、まあ正直、俺も誰かに話したくてうずうずしていたんだけどな。なんたって他人の不幸は蜜の味っていうからな」

小川は、この金型を廃却する時は、絶対に自分の手で壊してやると密かに誓った。

EMIDAS magazine Vol.15 2007 掲載

※ この作品はフィクションであり、登場する人物、機関、団体等は、実在のものとは関係ありません

 

バックナンバー

新規会員登録