第13話 ものづくりは愛だ(1)

小川はジョニーの指示どおりに金型を磨き始めた。あるところはヤスリを使い、またあるところはペーパーを使い、手のひらを通してジョニーが伝えてくるままに金型を磨き続けた。鉄の塊に対して紙ヤスリ一枚で向かっていく無謀ともいえるような、はたから見れば単調とも思えるような繰り返しの作業に没頭していった。女のことなんか頭から消えていた。ただただ、ジョニーから伝わってくる思いを受け止めて形にしていく。

磨き続けているうちに、鉄の塊であるはずの金型と自分とが完全に同化しているような錯覚さえ感じてきた。鉄でもない、人間でもない、互いが強く信頼し合い最高の造形物を生み出すという共通の思いの生み出すハーモニーがそこにはあった。これがものづくりの真髄か。

「調子はどうかね、小川君」

目の前に社長の内原と専務の工藤が立っていた。そのうしろには渡辺もいた。

「なんとか今日の役員視察会には間に合ったみたいです」

「じゃあ、早速みせてもらおうか」

小川は薄いマグネシウムの板材を金型にセットしてプレス機を起動させた。

「ギューン、グシュー」

「思ったより静かな音だな」

内原がつぶやいた。そしてその目には、モノの真髄を確かめようとする妥協を許さない技術者の強い力が宿っていた。小川はそんな内原の横顔を盗み見ながら、やはりこの人には敵わないな、と思った。

プレスされたばかりのボンネットを持ち上げて工藤が叫んだ。

「軽い、すっげえ軽いぞ。こんな軽いボンネットがよくできたな。俺たちが金型つくっていたときは、ろくな工作機械もプレス機もなくてホンダさんのだしたアルミ製のボンネットのクルマには歯軋りしたもんだ。社長すごいですよ、持ってみますか?」

興奮した工藤と内原が昔話で盛り上がっていると、渡辺が小川の肩に手を置き言った。

「お疲れさん、よくやったな。金型の声が聞こえたみたいだな」

なんと答えていいか小川が思い悩んでいると、

「まあ、いいさ。君に起こったことは幻覚でもなんでもない。それだけは、しっかりと理解しておいてくれ。でもまあ、知りたくないことも聞かされるときもあるがね」と続けた。

小川は驚いて目を見開いた。

「オレにも思いがあるよ。おかげで女房選びには間違わなかったけどな」

そう言って、ウインクしてよこした渡辺のことを小川は、また好きになった。

EMIDAS magazine Vol.18 2008 掲載

※ この作品はフィクションであり、登場する人物、機関、団体等は、実在のものとは関係ありません

 

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