第14話 ものづくりは愛だ(2)

「何の話だね」

内原が渡辺と小川の会話に割り込んできた。

「いえ、なんでもないです。社長は人格者だなって、こんな経験ができたのも社長のおかげだって話していました」

「そうか。それにしても小川君、よくやってくれた。開発からスーパーカー構想が上がってきた時に、ふとスーパーエンジニア構想が閃いたんだ。ものづくりの基本である金型が韓国・中国に追われ、日本中の中小の金型工場がどんどん潰れていく様をみていて、これは我が社にとっても他人事じゃないと思ったんだ。事実、我が社でも金型技術者の世代交代が全然進んでいない。進んでいないどころか、ここにいる渡辺君におんぶに抱っこだ。わがエヌシー自動車は、生産台数5 万台と国内最下位の小規模な自動車メーカーだが、小さいからといって1人の天才的な金型職人に頼りきっていいわけない。幸いにて、開発陣の顔ぶれは、ここ数年でかなり多彩になってきた。エンジニアにしてもデザイナーにしても若く才能豊かな素晴らしいメンバーに恵まれていると言えるだろう。彼らの努力のおかげで5万台という少ない生産台数でもほどほどの利益を稼ぐことが出来るといっても過言ではない。それに引き換え、生産部門の技術者の層の薄さは綱渡り状態だ。なかでも金型に至っては、この渡辺君の身に何かあったらと考え始めると眠れぬ夜を過ごすこともあった。我が社にとって、渡辺君の持つ技術をすべてデータベース化し、誰もが使いこなせるようにするのは最優先のプロジェクトだったのだ。そして、そのためのスーパーエンジニア構想だったのさ」

「ちょっと待ってください、社長。それじゃあ、スーパーエンジニア構想ってオレを渡辺さんの後継者にするためのプロジェクトじゃなかったんですか?」

「小川君、何か勘違いしていないか? そりゃあ、君を実験台にしてデータベース化した技術が素人でも使えるかどうかテストしたのは事実だが、君を渡辺君の後継者になんて話は私も初耳だよ」

「え~、だって専務が……」

「専務が?」

「女が放っておかないだろうって」

「女が放っておかないからって渡辺君の後継者とは限らんだろう。そもそも君は女にもてたくてスーパーエンジニア構想に応募したのかね」

「それだけじゃあありませんが、女にもてたいのも本音です」

「なんてことだ。いいか小川君。女の話は今日が最後だ。二度と女にもてたくてスーパーエンジニアになろうと思ったなんて言うなよ。そんな話が市場に洩れたら、モノづくり王国日本の象徴たるエヌシー自動車も地に堕ちてしまう」

「じゃあ社長になれば、何でもしていいんですか?」

EMIDAS magazine Vol.19 2008 掲載

※ この作品はフィクションであり、登場する人物、機関、団体等は、実在のものとは関係ありません

 

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