第19話 ものづくりは愛だ(7)

「ジョニー、聞いていただろうからお前ももう知っているんだよな。今回のスーパースポーツカー・プロジェクトは中止らしい。俺たち結構、頑張ったのにな。生まれて初めて金型の設計から製作まで全部担当して、お前の声を聞きながらやっと完成させたのに中止だなんて、何だかやりきれない。売れないクルマをつくるわけにはいかないっていうのは理解できるけれど、俺たちがこのクルマを開発しようって言い出したわけじゃねえのにな。上のほうで勝手に方針決めて、今度は勝手に方針変更して、俺たちにだって虫けら並みの意思ってもんがあるんだから、もうちょっと決定の手順みたいなものに配慮して欲しかったよな」

「シンジ、オレ、お払い箱かな」

「何だって、ジョニー、よく聞こえないよ」

「オレはもうお払い箱かなって言ったんだ。オレ、もう必要とされていないんだよな。オレが働く場所は無いんだよな。きっとオレ、スクラップにされちゃうんだろうな。スクラップにされるって、何されるんだろう。鉄の溶解炉に放り込まれちゃうのかな。熱いだろうなあ。そりゃそうだよな。溶けちゃうんだもんな。オレ溶けちゃうんだ。痛いのかな。死んじゃうのかな。もう誰にも会えなくなるのかな」

ジョニーは、すっかり気を落とした様子でうなだれているように見えた。

「シンジ、オレ、働きたいよ。だってオレ、クルマのボンネットつくるために生まれてきた金型だぜ。さんざん働いて、あちこちガタがきて、もう引退かなというのなら諦めもつく。だけどオレ、何にもしてないんだぜ。まだ1個もプレスしていないんだぜ」

シンジは、何て声をかけていいのか見当もつかずに、ただただジョニーの身体をいたわるようにさすることしかできなかった。

その頃、エヌシー自動車の開発センターで、一人のエンジニアが嬉々としていた。

「やっと、俺にも運が巡ってきたぜ。これで今まで散々俺をバカにしていた奴らを見返してやることができる。まったく、何が6リッターのモンスターエンジンだよ。今頃、流行らねえっていうの。次代はエコだぜ。あのフェラーリだってハイブリッドカーをつくっちゃう時代なんだぜ。なのにどうしてあのボケ社長は6リッターのV12エンジンなんて開発にゴーサイン出しちゃうんだ。アホとしか言えねえぜ」

「おーい、内田! どこにいるんだ。13時から開発会議だ。まったくアイツはいつも何しているんだか。ウチは自動車会社だっていうのに、わけのわからんものばかり開発して。なんだってウチのトップもあいつに予算つけてんのか。内田、いねえのか?」

「うるせえなあ、ちゃんと聞こえてるよ。お前らみたく19世紀の遺物である内燃機関しか開発できねえオバカちゃんには俺様の偉大さがわからんのだよ。でもなあ、それも今日までだ。俺は今日、エヌシーの救世主として降臨する」

EMIDAS magazine Vol.24 2010 掲載

※ この作品はフィクションであり、登場する人物、機関、団体等は、実在のものとは関係ありません

 

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