入江田製作所は荒川の土手下の通りにあった。
専務の入江田になかば強引に誘われてそこを訪ねたのは、吾嬬町ネットワークの会合ではじめて会ったすぐ翌日の夕刻のことだった。
「よおー、よおよお、よくきてくれたね、アッコちゃん」
満面の笑みで入江田が明希子を迎える。
「従業員は20名。自動順送ラインによるブラインドやアコーディオンカーテンなんかにつかう金属部品の量産がメインなんだけどね、ウチの連中には、もう製造業なんていう言い方はよそうって言ってるの。ウチはインテリアパーツメーカーなんだって」
プレス加工機がならぶ工場内を案内しながら、入江田が言う。
つづいて社長室に連れて行かれた。入江田専務の父親である社長は、ゴルフクラブの手入れをしていた。
そこには、付けたりで案内されたことがすぐにわかった。入江田親子は眼を合わせようともせず、明希子は仕方なく社長と名刺交換し、儀礼的な言葉を交わした。
入江田にせきたてられるようにして社長室をあとにすると、こんどは応接室に招じ入れられた。
「外っ側ばっかしでかくなっても、親父の意識は下町のプレス屋のまんまなんだよな。いや、それをすべて否定するつもりはねえんだよ。でもさ、新しいことやんなくちゃ、ばーんとさ。ウチはプレス屋じゃない、インテリアパーツメーカーなんだからよ」
入江田が明希子にソファをすすめ、彼もどかりと腰を下ろした。
「井野やんも、おれも、べつに親父に頭押さえつけられてるつもりはねえんだ。だけどさ、向こうが社長である以上、自由にできないわけさ。もう毎日、大ゲンカだよ。おれは何度も言ったよ“親父、辞めてくれ!”って。“辞めて、毎日ゴルフしてくれてりゃいいんだ”って」
入江田はしばらくひとりで捲くし立てていたかと思うと、ふと気がついたように、「ちょっと待ってて」と言って応接室を出て行った。そうして封筒を携えてもどってきた。
「ところで、きょうアッコちゃんにきてもらったのはほかでもないんだけどさ」
そう言いながら封筒から書類を取り出してテーブルに置いた。
「おたくで、これ、手伝ってくんないかな?」
明希子が書類を手にし、眼を通しているそばから入江田が言う。
「エコ・トイレット――ま、ひとことで言えば、汚水を川に流さないトイレってことになるな。し尿を処理して、循環させて再利用するっつー、水のリサイクルトイレだ」
明希子は入江田の顔を見た。
「ほらほら、エコだの、環境だの、リサイクルだのって、面に似合わねーこと言い出したなって思ってるだろ? 存在そのものが産業廃棄物みたいなオトコがって――」
まさにそう思ったが、明希子は黙って話を聞くことにした。
「それはよ、吾嬬町ネットワークで出した企画書だ。都から8000万の助成金が下りててよ、すでにテストモデルとして区内の公園や野球グラウンドに設置も決まってるんだな、これがまた。たしかな評価が得られればよ、今後、公衆トイレとしての需要はますます高まるってわけだ」
明希子が企画書のページをめくってゆくと、吾嬬町ネットワークの参加企業のリストがあらわれた。
「これをつくるにはよ、いろんな業者の協力が必要だ。バネ屋、電子部品屋、プラスチック屋、おっと、うちんとこみたいなプレス屋もそうだ。そして、型屋だ。アッコちゃん、協力してくれるよな」
「もちろん。よろこんで協力させていただきます」
「そいつはありがてえ。なにしろ花丘さんとこは技術がしっかりしてるからよ」
明希子の視界がぼやけた。思わずうつむいてしまう。
「なんだよ? どうかしたかい? おれ、ヘンなこと言っちまったかな?」
明希子は首を振った。