壁が取り払われ、限りなくフラットになった事務所で、花丘製作所は新しい年を迎えた。
例年は食堂で行っていた仕事始めの社長講話も、事務所に社員全員を集めて行ったし、毎日の朝礼もここで行うようになっていた。
いささか広すぎるくらいに感じられるようになった事務所だが、生まれた空間ではなにかまた新しいことがはじめられればよい。
明希子はいちばん奥の席からフロア全体を見渡していた。これまで事務所には窓がなかった。それが壁がなくなったために、高柳の部屋と社長室だけにあった窓がみなのものになり、そこからうららかな陽が射し込んでいる。沈滞していた空気の流れもよくなったような気がした。
明希子が座る社長席のまえには6つの机が2つずつ向かい合わせに配置されている。いちばん手前が菅沼の席。その向かい側は空席である。菅沼の隣が昌代、向かいは泰子。昌代の隣は、やはり空席である。泰子の隣の、いちばん出口に近いところに小川の席がある。
その小川が外出先からもどってきた。
「ただいまー」
「お帰りなさい」
全員で声をかける。
小川が自分の席ではなく、そのまま菅沼のところに向う。
「工場長、このあいだのムラタ工機さんとこに納品したの、あれ加工漏れがありました」
「ええー! ほんとかい!?」
小川が図面を広げて、
「ほら、ここんとこ――」
「あっちゃー」
菅沼が頭を抱えた。
「そうかあ、先方もいつものことだから、図面に指示を書いてよこさないんだよなあ」
「どういうこと?」
明希子は言った。
「いえね」
菅沼が社長席のほうを見て、
「ムラタさんとこ、いつもと仕様が異なることがあって、さいしょのうちは図面の余白に指示があったんだけど、最近はなんにも書いてよこさなくなってきたんですよ。電話で注文があったときにアタシが出たんで、向こうももうツーカーのつもりでいるからね。いやー、うちの設計部も土門あたりなら心得てるんだろうけど……。すみません、もっと徹底させるべきでした」
菅沼が小川のほうに向き直って、
「怒ってたかい、ムラタの社長?」
「あ、いえ、“どうしたんだよー、頼むよー”くらいです」
「そうかい、じゃ、問題なしだ。すぐにやり直すからって、アタシのほうからあとで電話入れとくから」
「問題なしって、工場長……」
明希子が言いかけたとき、
「やっぱりないわねー」
昌代の声が聞こえた。
「見つかりませんね」
泰子がつづいて言う。
「どうしたの?」
※ この作品はフィクションであり、登場する人物、機関、団体等は、実在のものとは関係ありません