「菊ちゃん、お疲れさま。どうだった?」
エコ・トイレの金型の試し打ちからもどった菊本に明希子は社長席から声をかけた。
「いやー、すげーよろこんでましたっけよ、入江田専務」
「そう」
試し打ちに行った成型屋も吾嬬町ネットワークの参加企業だ。現場に立ち会った入江田の意気盛んな顔が見えるようだった。
「それにしてもオレ、あの入江田専務にはシンパシーみたいなもんをおぼえるんスよね」
そう言う菊本の後頭部を菅沼がぴしゃっとたたいて、
「なあにが、シンパシーだ。チンパンジーみたいな面しやがって」
事務所にいるみんなが声を上げて笑った。
菅沼が、ひときわ高い声できゃっきゃ笑っている昌代をそっと盗み見て満足げな表情をしている。
「そうね、たしかに入江田専務と菊ちゃんには相通じるところがあるかもしれないわね」
明希子は言った。
「そう言われたら、それで、なあんか複雑な気持ちにもなるんスけど……」
そのとき、ひとり自分の席で電話で話していた小川が立ち上がり、血相かえて明希子のところにきた。
「アッコさん!」
菅沼も藤見もこちらに注目した。
「三洋自動車が、また仕事を頼みたいと言ってきました」
「やった!」
菅沼が声を上げた。
そもそもがいまの花丘製作所の窮地は、三洋自動車工業からの発注が途絶えたところに端を発したものだ。新規プロジェクトに対応するため、必要にせまられて新型マシンを2台導入した。それにもかかわらず、先方のリコール騒ぎでいっさいの発注がストップしてしまったのだ。
明希子は天を仰いだ。
取引の大部分を1社に頼っていた花丘製作所にも非はある。しかし、これさえなければ……という無念のうちに父は病に倒れたのだった。
「やりましたね」
藤見も明希子に声をかけてきた。
明希子はうなずき返した。
さらに藤見が菅沼に向って微笑んだ。
「よかったですね」
しかし、菅沼のほうはすっと眼をそらしてしまった。
明希子は立ち上がって、
「だっしゃあー!!」
雄叫びをあげた。
菅沼と藤見が眼を丸くしてこちらを見ていた。
明希子はおかまいなしに言った。
※ この作品はフィクションであり、登場する人物、機関、団体等は、実在のものとは関係ありません