「そうね……こいつは……ふむふむ」
「うーん……」
三洋自動車から持ち帰った図面が打ち合わせテーブルの上に広げられている。菅沼と藤見が立ったままでそれを見下ろしながら、ともに腕を組んで言葉にならないつぶやきをもらしていた。二人ともおなじような表情、おなじようなポーズで、そうしているととても息の合った幹部同士のように映り、明希子は吹き出しそうになってしまった。そんな場合ではないのだけれど。
ラジエターはもっぱら銅や真鍮を材質としていたが、最近はアルミ合金や強化プラスチック製にして軽量化を図っている。それで、花丘製作所のように樹脂金型を扱う型屋にも注文がくるようになった。
「バリが出るのはともかく、笹森産業の型で、先方の仕様書はクリアしてるんだろ?」
菅沼が難しい表情のままで言った。
「ええ」
小川がうなずいた。
「しかし、堅牢な部品ではないってことなんだろうな。ひとまずはオーケーだけれど、長期の使用にも絶対問題なしかっていうと、疑問符がつく、と」
藤見が言うと、
「かならずしも、そういう意味ではないようです。三洋自動車の設計責任者は、いいって言ってるんですから。だけど、品質管理のほうが渋ってるって」
小川が応じた。
「じゃ、いったいどうしろっていうんだ?」
菅沼が業を煮やした。
「いまの三洋自動車にしてみれば、100パーセントの製品では納得できないということなの。彼らは100パーセント以上のものを欲しがってるのよ」
明希子は言った。
菅沼がこんどは驚いたように、
「100パーセント以上! つまり、仕様書どおりのものではなく、それ以上のものをこっちでこしらえろと。そういうことですか?」
明希子はうなずいた。
「かえすがえすむちゃを言ってくるなあ」
藤見が言ってふたたび図面に視線を落とした。
「で、アッコさん、受けるんですかこれを?!」
菅沼が眼をむいた。
「ひとまず社に持ち帰る、そう言ってきたわ」
菅沼がほっと息をついた。
「しかし、受けるおつもりですよね、アッコさんは」
藤見の言葉に、ふたたび菅沼があわてて、
「そうなんですか?」
「ええ。断る理由はないでしょ」
菅沼がなにか言いかけたが、それを飲み込んだようだ。
しばらく四人で図面を眺め、考えていた。
「この件をホームズに担当させようと思うの」
明希子は言った。