「おーい、アッコちゃん! アッコちゃんてばよ!!」
東京ビッグサイトの広大な見本市会場は、さまざまな機械音とさまざまな国の言語で充満していた。けれど、その無神経な声は、かき消されることもなく自分のもとに届いてきた。
振り向かずとも、声の主が誰かはわかっていた。だから、そのまま無視して行ってしまう手もあった。実際そうしてしまおうかとも思ったのだ。けれど、彼には恩があった。
「入江田さん」
「よお」
入江田製作所の専務が、人混みをかき分けるようにしてこちらにやってくる。
「アッコちゃんもきてたんだな」
「ええ」
JIMTOF――日本国際工作機械見本市。各国の企業が、最先端の工作、鍛圧の機械・機器を展示し、内外商取引の促進と国際間の技術交流をはかるモノづくり業界の一大イベントである。
「なんか新しいマシンを入れるんかい?」
「そんな余裕がうちにないことはご存知でしょ。あくまで勉強のためにきてるの」
すべての部品は、工作機械によってつくられる。それゆえ、母なる機械 “マザーマシン” とも呼ばれるわけだが、日本は、この工作機械の販売数で世界一を保持する。卓越した技術は、ここでも国際的に高く評価されているわけだ。
「そうだ、小野寺もいっしょなんだよ」
――小野寺さん……
「あれ、あいつどこ行っちゃったかな?」
入江田がきょろきょろ辺りの人混みを見まわしていた。
「お、いたいた」
明希子は胸がどきどきした。小野寺とは、彼のマンションを訪れて以来、会っていない。
「よお、こっち。ここ、ここ」
入江田が手招きしている。
久しぶりに顔を見る小野寺は、エンジンやトランスミッションケースといった自動車部品の量産加工向けの新型マシニングセルを展示しているブースから出てきた。
彼が、入江田の隣にいる明希子に気がついた。
「やあ」
すこし表情がこわばったようだ。
「先日はどうも」
明希子が言うと、
「ああ、うん」
曖昧な返事をした。
「なんだよ、先日はって?」
入江田がそう言ってから、さすがの彼もふたりのあいだにただよう微妙な空気に気づいたらしい。
「……あ、なんか、おれ、じゃまみたいだから、失礼するわ」
「あ、そんな、いてください」
明希子が言った。
「そうですよ。先輩、ヘンな気をまわさないでください」
小野寺にしても、自分にしても、ふたりきりで残されるのはなんだか気まずかった。