第17話 挑戦

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「夏目の図面が上がったようです」

藤見に声をかけられ、明希子は立ち上がった。

「おし!」

傍らで菅沼も席を立つ。

3人で設計部に行くと、夏目の机上にあるコンピュータ画面を、大きな背中がのぞきこんでいた。土門だった。

「やっぱりだめですかね、このままだと」

土門のからだに隠れて姿が見えないが、そう言う夏目の声だけが聞こえた。

「ああ」

と、その問いに土門がこたえている。

「どうしたの?」

明希子が近づいてゆくと、

「アッコさん」

土門の懐のなかにいるような格好の夏目がこちらを振り返った。小柄な夏目がさらに椅子に座っているものだから、中腰でも巨躯の土門が覆いかぶさっているように見えるのだ。

画面上には三次元の金型図面が映し出されていた。夏目がCADで作成したサーボモータ駆動の金型だった。

「どんな具合だ、あん?」

菅沼も図面をのぞき込む。

「それが、土門さんに見てもらったんですけど、このままだとキャップのネジ部分に不安が残るって」

「どういうこと?」

と明希子。

「ヒケができるんじゃないかっていうんです」

夏目の言葉に、土門が真っすぐにからだをのばすとうなずいた。

ヒケとは、成形品の表面がへこんでしまう不良である。

「うーん」

夏目が作業帽をとると、天然パーマのもじゃもじゃの長髪をひっかきまわしてうなった。

射出成形金型はツープレート(2枚構成)が基本だ。固定している側と、可動する側の2つに分かれ、これが開閉することで製品を生み出す。高温、高圧で射出成形機から射出された液体のようにどろどろになったプラスチックを金型に充填してかたちを与える。

今回、花丘製作所がつくろうとしている型は、さらに複雑化したものだ。

耐熱性を要求されるエンジンまわりの部品だけに、グラス・ファイバー入りの樹脂材をつかうことになるのだが、

「これが流れにくいんですよ」

CAD設計に取り掛かるまえの夏目が明希子に向って言っていた。これから困難な仕事に挑もうというのに、その表情は嬉々としていた。

「笹森産業は、いつもの密閉型で、このラジエターキャップをつくろうとしてた。だから、どうしても局部的に樹脂が流れきらずに、強いヒケができた。0.1ミリかそこらのヒケですから、見かけじゃわかりませんよ。だけど水圧テストではひっかかる。ヒケの隙間から水漏れが起こった。で、樹脂が均等にいき渡るように再度調整したんだけど、こんどはバリが出た。きっと駄肉が大きすぎて、プラスチックが冷えてから肉厚変化が起きちゃったんだな――と、これがまあ、ボクの推理です」

彼が愛読するシャーロック・ホームズさながらにそう言うと、ぶ厚いレンズの眼鏡の位置をなおして、

「いずれ、三洋自動車の要求以上の要求にこたえる部品をつくるためにはサーボモーターで動かす金型でないと無理ですよ。安全性の高い肉厚をキャップに与えるうえで、さいしょサーボで金型を閉め切らずにすこしだけ空けておくんです。それで、樹脂の射出が90パーセントくらいになったら、金型のサーボ部分を閉じてキャップを引き締めにかかる。余分な材料はあふれてキャップのネジのところに流れ、さらにここを補強する」

自信たっぷりに言い切ったものだ。

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