試し打ちの結果に焦心しつつサーボ・ダブルスライド金型をほづみ合成工業所から花丘製作所に持ち帰った。
昼休みだったが、明希子は食事をする気にもなれず自分の席に座っていた。さっき隣にある設計部をのぞいたら、夏目は例の格好で机にうつぶして固まっていた。
明希子も途方にくれていた。ここまで手を尽くしてきたのに。やっぱり無理なんだろうか、トライ時点でプラス〇ミリ、マイナス〇・〇三ミリの製品をつくるなんて……
「えーーっ!」
突然、はしゃいだような声が上がった。
「ほんとうですか、それ!?」
泰子が隣の席の昌代に向かって言っている。
その問いかけに昌代がうなずいてみせた。
手製の弁当を広げた藤見も、コンビニの唐揚げ弁当を前にした小川も、ふたりとも箸を持つ手を止め、なにごとかとそちらに視線を送っている。
「みなさん、重大発表!」
泰子が立ち上って言った。
「昌代さんが、結婚するそうです!!」
「えっ」
明希子も思わずちいさく声を上げてしまった。それじゃ、ついに工場長と……
三階フロアの奥に島がある設計部からも、泰子の声を聞きつけたスタッフらが昌代のもとにやってきた。
「おめでとう」
「おめでとうございます!」
「ついにやりましたね」
「ヤリましたねって、ナニを?」
「だからさ……」
「いやー、めでたいめでたい」
口々に発せられる言葉が、昌代を取り囲む。
「で、お相手は?」
という質問に、こんどは昌代が、
「高校時代の同級生なんです」
頬を上気させてこたえた。
「半年前にクラス会がありましたの。そこで久しぶりに顔を合わせたら、いまだ彼も独身とのことで。お互い休日は暇だし、いっしょに映画でもということになったんです。そこからなんとなくお付き合いがはじまって……あ、すこしもハンサムじゃないんですよ、彼って。高校時代には、わたし、ぜんぜん眼中になくって」
彼女には珍しく、かん高く浮ついた調子でしゃべっていた。眼鏡の奥の瞳がきらきらと輝いている。そんなにも昌代をはしゃがせるほど結婚て嬉しいものなんだ、と明希子は羨ましいような、ま、自分には当分縁がないな(ほんとに当分なのかしら!?)と諦めたような気持ちで眺めていた。
そのあとではっとして、フロア内を見まわした。菅沼の姿が見当たらなかった。こんどは首を伸ばして、傍らにある菅沼の机をのぞきこんだ。そこには、きょうも昌代が用意したらしいサラダが入ったコンビニの袋がのっている。
明希子は立ち上がると、
「昌代さん、おめでとうございます」
言葉をかけた。
「どうぞお幸せに」
「ありがとうございます、アッコさん!」
昌代が感極まったように泣き出した。
集まってきた人々のあいだにぱちぱちと拍手が沸き起こる。泰子が昌代の肩を抱く。
みんなの拍手に包まれながら、昌代は声を上げ泣きじゃくっていた。
(つづく)
SPECIAL THANKS TO
株式会社みづほ合成工業所・後藤敏公社長
参考文献
『図解 金型がわかる本』中川威雄著/日本実業出版社
『図解入門 よくわかる最新金型の基本と仕組み』森重功一著/秀和システム