kataya

第18話 町工場

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明希子は事務カウンターを抜けると、社の正面の窓辺に立った。見下ろすと、車寄せにひとりぽつんと菅沼の姿がある。

急いで階段を下り、外に出た。明希子の鼻先を紫煙のにおいがかすめた。

春の明るい真昼。降りそそぐ暑いくらいの陽光にじりじりと炙られながら、菅沼がぼんやりと煙草を喫っていた。

「工場長……」

照れたような笑みを浮かべて菅沼が明希子を見た。

「煙草、やめたんじゃなかったんですか?」

「ええ。いや……まあ、ちょっと」

明希子は言葉が見つからなかった。

「久しぶりに喫ってみると、うまいもんじゃあないな」

そう言いながら、なおも煙を吹かしつづけた。

「どら、蕎麦でも食ってくるかな」

作業ズボンのポケットに両手を入れ、くわえ煙草の菅沼が歩き出し、立ち止まった。

「アッコさん、あたしゃ、ばかですね」

背中を向けたままで言う。

明希子は、とぼとぼと去ってゆくその後ろ姿を黙って見送るしかなかった。

ひとの心を覗き見ることはできないのだ、と明希子は思った。

昌代の心も。小野寺の心も。心に窓でもない限り。

――窓!

明希子は会社の階段をこんどは急いで駆け上がり、依然として祝賀ムードに満ちた三階フロアを横切ると設計部に直行した。

「ホームズ!サーボ・ダブルスライド金型に窓をつけられないかしら?!」

隅にある自分の席で頭抱えポーズでいる夏目に向かって言った。

「窓……ですか?」

夏目がのっそりと顔を上げた。

明希子はさらに言う。

「射出成形機の材料密度が問題なら、金型に入ってくる材料の量を見ることはできないかと思ったの。窓をあけてね」

それが明希子がつかんだヒントだった。傷ついている工場長にはたいへん申し訳ないのだけれど。

「窓……窓……窓……」

夏目がぼんやりとつぶやきながら考えている。やがて、ぶるりと身震いした。

「そ、そ、そ、それだ!窓ですよ!」

興奮して言った。明希子もうなずき返した。どうやら自分の意図するところが、夏目に伝わったみたいだ。

夏目が立ち上がり、喜色満面にバンザイのポーズをした。

「すごい型だ!これはすごい金型になるぞ!」

すると、また夏目が、はたとなにかに気がついたように悄然とした表情になった。

「だけど、実際にできるかどうか……耐熱性がわからないな……」

夏目がふたたび椅子にどすんと腰を下ろし、頭を抱え込もうとする。明希子はそんな彼の作業服の胸元をつかんで引き起こした。

夏目が驚いたように眼をぱちくりさせている。

「ホームズ、ひとつ言っておきたいことがあるの」

 

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