「看護師さん」
「かんご……へさん」
「看護師さん!」
「かんごえ……さん」
「看護師さんでしょう!」
「かんご……おっさん」
「おっさんじゃないでしょう。お父さんの担当の看護師さんは、若くてかわいい女の看護師さんじゃないの! はい、もういちど!!」
「か……ごひさん」
「どーして、ますます言えなくなるわけ? もっとゆっくり、か・ん・ご・し・さん――でしょ!」
明希子が病室をのぞくと、言語障害になった父を母がスパルタ訓練していた。
「あそこにあるのはなに?」
と言って、静江が部屋の隅に置かれた消火器を指した。
「………」
誠一はしばらく眺めていたが、それがなんなのかわからないらしい。出血したのは脳の言語中枢で、機能のある程度を失ったと松尾医師から説明があった。
「消火器じゃないの!」
と静江が焦れたように言った。
「ね、消火器でしょ? わからないの? さ、言って、消火器」
「しょう……かこ」
「消火器!」
「しょう……かく」
「ちがうでしょ!し・よ・う・か・き。はい、もういちど!!」
「しょう……」
「火器」
「か、き」
「つなげて早く!」
「お母さん、そんなにせかしたら、お父さんかわいそうよ」
「そ……そ……そうだよ、かわい、そうだ」
誠一が言うと、静江がきっとにらみつけた。
「お父さんのためを思って、あたしは心を鬼にしてるんでしょう」
「でもね、お母さん、お父さんは努力が欠けていて言葉が出ないわけじゃないのよ。そんなだと、心理的な圧力でよけい言葉が出にくくなるし、話す意欲を損なうことになるわよ」
「だって……」
こんどは静江がしょんぼりしてしまった。