病院の廊下の向こうから静江が歩いてくるのが見えた。
「あら、アッコちゃん、いま工場長が来てくれてるのよ」
「そう。ちょうどいいわ」
ほんとうだった。もし、花丘製作所が危機的状況にあるのなら、なにより社長である誠一から直接話を聞くべきだったのだ。それを自分は避けていた。誠一の病気のこともあったかもしれない。しかし、なにより、誠一と話し合うことで、自分が渦中に巻き込まれたくなかったのだ。
「お父さんのリハビリのことで、あたし、松尾先生のところに行ってくるから」
静江が言った。
――そう。それもちょうどいいわ。
静江が横から口を挟んでくると話がややこしくなりそうだった。
病室で、誠一はベッドに半身を起こしていた。傍らの椅子に菅沼が腰を下ろしている。
「こんにちは」
明希子が入ってゆくと、菅沼が立ち上がった。
「こりゃあ、アッコさん。先日は失礼しました」
そうして、座っていた椅子を明希子にすすめる。
「いいの、座っていて、工場長」
明希子は誠一に顔を向けた。
「お父さん、具合はどう?」
「あ……うん……あ、相変わらずだ」
「焦らないで。ゆっくりリハビリして」
「そ、そう言ったって……のんびり、びりびりしてられるかよ。お……お、お……」
「“おれがいないと、工場はどうなる”でしょう?」
「あ……う、うん」
誠一がうなずいた。
「その工場だけど、いったいどうなっているの?」
「ど……ど、どどどど……どうって?」
「新しい機械を導入したのに、思うように仕事が入ってきていないんじゃないの?」
誠一が押し黙った。
菅沼も黙っていた。
「出入りの業者さんへの支払いにも困っているみたいじゃない」
「アッコさん、それを誰から!?」
慌てたように言う菅沼に向かって明希子は、
「そうなんでしょう? ねえ、工場長」
静かに言った。
菅沼がうなだれた。
明希子は待った。
しばらくの沈黙の後に誠一が口を開いた。