kataya

第四章:ねじ切り

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「剣、おまえ、ちっとこれやってみろや」
鬼頭に言われた。
長さ一〇〇ミリ、直径三〇ミリの丸棒に、細かい溝が刻み込まれていた。
「M30のねじだ」
そう、それはまさに太いボルトの溝なのだった。
「社長、それをもうコイツに教えるんですか?!」
宮下が横から口を挟んできた。ひどく慌てている様子だ。
それに対して鬼頭が、
「まあ、やらせてみるさ」
のんびりと応じた。
「しかし、剣はウチにきてまだ半年なんですよ」
「ああ。だからよ、まあ、やらせてみっかってとこだ。なあ、ミヤさんよ」
そう言われて宮下も黙るしかないようだった。
なんだか分からず突っ立っている拳磨の隣で、
「……ねじ切りだ」
今度は毛利があっけにとられたようにつぶやいていた。
「僕も最近になってやっとやらせてもらえるようになったのに……剣君はもう……」
鬼頭は周りの反応などまったく意に介する様子もない。
「いいか剣、ピッチ三ミリのねじを切るんだ」
「ピッチ三ミリって、チャックが一回転するとねじの溝が三ミリ移動するってことですよね?」
「ああ。それがM30の標準規格だ」
すると今度は宮下が、
「もっと低い山から始めてもいいんじゃないですかね? ピッチ一ミリで練習させたらどうでしょう」
そう提案してきた。
「浅い溝ってことか」
鬼頭が宮下に横顔を向けたままで言った。
「だが、それだと遠回りになるだろ」
「遠回りって、社長! ここで、剣にねじ切りやらせるってだけで、充分に早すぎじゃないですか!!」
鬼頭はただ薄く笑っているだけだ。
宮下が、まったく訳が分からない、といった表情をした。
「“ねじの切り上げができればいっちょ前(一人前)”そう言われてた。だから見習い時代、俺も早くねじ切りができるように、それ目指して階段を一つずつ上っていった。歯を食いしばってだ。で、実際やってみて実感した。ねじ切りには、旋盤の作業がみんな集約されてるってね」
「そうだよ、ミヤさん。ねじ切りには、旋盤のすべてが集約されてるんだ」
「そいつを、今、剣にやらせるってことですか? まだ旋盤を始めて半年しか経たないってヤツに」
鬼頭はただ頷き、
「ミヤさん、設定してやれや」
と指示した。
宮下は不満らしかったが、ねじ送りレバーを倒し、旋盤の主軸と送り台を連動させ、ねじ切りモードにした。そうして、拳磨を見る。
「社長が言うんだからやってみろ」
なんだか分からないが、言われた通りやるだけだ。
「はい」
拳磨は覚悟を決めた。回り始めた丸棒の、ねじの開始位置上で刃先を10ミリほど浮かせた状態で待機する。そうしながら、ねじチャックと連動している「落とし」と呼ばれる回転目盛板の位置を見る。目盛板に書かれている数字は、ピッチ三ミリのねじを切るために宮下が設定したものだ。回転している目盛板の、この同じ番号の目盛のところで、ねじ送りレバーを引き下げる動作のことを「落とし」と呼び、ねじ切りが始まる。ねじ長さ二〇ミリのらせん状の一本道をつくると刃物を引き上げ、ハンドルを手で開始点まで戻す。この作業を反復するなかで、長さ二〇ミリの位置にきた時にタイミングよくねじ送りレバーを引き上げられればいいわけだ。最初は〇・二~〇・三ミリの切り込みから始まり、ねじの溝が深くなるほど切り込みを浅くしていき、数十回同じ動作を繰り返す。そうやって、三ミリのネジ溝にするのだ。
拳磨が、今削ったばかり溝の入り口に再び刃を戻し、同じねじの道を辿ろうとした。その一瞬、ためらいが生まれた。ねじ用の送りレバーのスタートタイミングを合わせられず、溝を外れた刃先が欠け飛んだ。
それを見ていた宮下は、どやしつけさえしなかった。ただ冷たく視線を逸らしただけだった。

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