第25回 有限会社 ばらだ製作所

(初出:日刊工業新聞社「プレス技術」 第39巻 第6号 (2001年6月号))

執筆者 内原康雄

製造業の町大田区

茨田氏
(靭性タイプ光造形サンプル)

町を歩けば、プレス屋、金型屋、旋盤屋、研磨屋など、あらゆる職種の製造業者が文字どおり集まっているのが大田区の特徴であった。戦後の日本経済の発展が、その集積を支えたと言っても過言ではないように思う。
今回、訪問したばらだ製作所は、大田区の典型的な町工場である。ばらだ製作所は1963(昭和38)年に、現社長の茨田博司氏が創業した。蹴飛ばし2台、4号プレス機での創業である。現在は社員11名ながら、NEC、東芝、富士通、リコー、キヤノン、エプソンなどの2次請けのプレス加工を行っている。トランスファー、順送加工を中心に単発機加工もこなしている。また、最近は大型光造形装置を導入、積極的な市場展開を行っている。

典型的な町工場

ばらだ製作所で社長とともに家業を仕切っているのは茨田学(37)氏である。学氏は小学生の頃から生業である父親の手伝いをしたと言う。大学と並行して職業訓練校高等金型技術科を卒業、3年間の修行を経て家業に入る。工場と住まいが隣り合わせという環境のもと、子供時代から父親の背中を見ていた学氏は「小学生の頃から父の後を継ぐ、なんて作文を書いていました。自然でしたね。でも、大学に行かせてもらったのは遊びたくなったからかな(笑)。まあ、大学を出て修行に出た後は、自然に父の会社に入りました」
後継者難が叫ばれる製造業にあって、うれしい声である。そしてプレス業界に入るわけだが、筆者(36)の世代のプレス業界はそう甘くない。当然のことながら、学氏も自ら現場の中で順送、トランスファーの特殊技術を磨いていくことになる。
ばらだ製作所には、トランスファーが2ラインある。設備の治工具は自社で設計し、近所の金型屋に作ってもらう。大田区の良いところであるが、夜の12時でも駆け込めば二つ返事で作ってくれる金型屋さんがあると言う。それでばらだ製作所は自社に金型部門を持たず、プレスに専業したということである。しかし、設備面は極力内省化していると言う。多軸自動タッピング装置、トランスファー搬送治具などは、すべて自社製作である。そうしてできたトランスファーや順送による生産システムには顧客から信頼が寄せられている。
自社の売りはなんでしょうか? と言う問いに対し、学氏は「うちは月産2~3万個くらいの製品を得意としています。なにしろ社員は僕と父親を含めて11 人です。10万個の製品を受注すると確かに金型の段取りも少なくて済み、一時的には利益が出ます。しかし、その仕事がなくなった時にその工数を埋める苦労を考えると、単品大量受注がいかに怖いか身に染みて懲りています。僕らのような町工場はそういったことに柔軟に対応するための方策を自ら作り上げていくしかありません。結局のところ、お得意様に甘えて、うちのキャパシティーにあった商品を発注していただけるようお願いしています」と答えてくれた。
この答こそが、町工場の在り方を言い表しているのではないだろうか? つまり、背伸びをせず、自分の技能にあった製品作りをするということである。

光造形の導入

ばらだ製作所では、トランスファーの導入から数年に一回、大型の設備を導入してきた。プレス加工に専業するということは、社長の基本的なポリシーであった。しかし、学氏は昨年、光造形装置を導入した。
光造形について学氏は「当初は200トンのトランスファープレスラインを導入するつもりでした。ところが光造形を見たお客さんから、金型はいらなくなるなぁ……と言われてから、光造形に脅威を持つようになりました。もちろん、調べたら実際には金型が無くなることは無いと言うことがわかり安心しました(なんて世の中を狭く歩いて来たことか)。しかし、逆転の発想で物事を考えたとき、未知の可能性を秘めた分野だと思ったのです」
その理由は、デザイン・インをするために試作を受けて、それを量産に繋げるということである。
2000(平成12)年暮れに、中小企業革新支援法に基づく経営革新計画の承認を受けて実機導入した。光造形の導入にあたり3次元のCAD/CAMが必要となった。CAD/CAMは、Pro-EngeneerとSolidEdgeを導入し、ばらだ製作所は新分野へ第二の創業として飛び出したのである。
「経営革新計画を作成していると、(1) 模索 (2) 計画 (3) 実行 (4) 検証と多角的に物事を考え、全力で実行してみて正直に修正し、さらに角度を変えて実行するという、非常に前向きな考え方ができるようになり、未知の可能性をもつレンダリングの世界に不思議とためらいも無く足を踏み入れることができました。だってプレス屋が樹脂加工ですよ。それも化学分野ですから、皆さんに何を考えているんだと言われましたが、基本はモノを作る喜びですよ」と、学氏は語る。おかげで、医療業界など新規の顧客からの受注も始まっているという。

ばらだ製作所のIT化

NCネットワークの会員でもあるばらだ製作所のインターネット活用は、EMIDASランキングでも10位の実績を持つ。実際に医療業界からの受注はNC ネットワークを通じて得た。ばらだ製作所でインターネットや3次元の導入を含めてIT化の旗振り役を務めているのは、学氏の弟の茨田実氏である。
実氏は大学卒業後渡米。MBAを所得し、連邦中小企業庁にて製造業種の財務・システム管理を専門とする経営指導員を経て、システムソリューションの提供を主だった会社を設立。現在、フランチャイズ化している。日本国内でのサービス展開を目的にばらだ製作所に入社。現在社内に情報産業部を新設して、国内 IT関連・欧米諸国とのビジネス展開を始めている。
NCネットワークについて尋ねると、実氏は「NCネットワークは発注先を探すには便利ですよ。でもわれわれ受注側はたいへんです。しかし、NCネットワークだけでなくインターネットはオープンなツールですから、頑張らなければいけません」と言っていただいた。
初めはPC-8001から入門。初期Telnetからスタートし、Niftyのパソコン通信時代を経て、インターネットも当たり前の道具として使っている。CAD/CAMも日本で購入すると高いので、米国製を利用しているそうだ。
「とにかく日本はソフトウェアが高すぎます。米国製なら半値以下で買えるのが当たり前です。これではCAD/CAMに限らず、真の情報流通化が遅れるわけです。そういった利用方法でもインターネットはものすごく便利ですよ。ただ、日本国内には、未だInformation Bureau(情報発信源)となる媒体がありませんね」
NCネットワークに限らず、インターネットからの引き合いはよく来ている。
現場でいつも受注状況が見えるようにしていたり、インターネットの常時接続など、CAD/CAMおよび光造形のLAN接続など、ネットだけでなくITをきっちりと利用している。ツールとしてITを効率的に活用している格好の事例であろう。

まとめ

ばらだ製作所は10人クラスのプレス加工工場でありながら、兄弟が親の下に入り、技術を後継し、さらに別分野への展開を試みている。後継者難のほとんどは、親が嫌々仕事をしているのを見せられた結果であるのではないか? と筆者は思っている。そういった意味で親の後を継ぎ、その技術を継承しながら、光造形や3次元の導入に意欲を燃やすばらだ製作所の未来に期待したい。

会社概要
有限会社 ばらだ製作所
代表者社長 茨田 博司
創立1963(昭和38)年
資本金3,000,000円
所在地〒143-0012 東京都大田区大森東4-38-8
従業員11名
営業品目精密プレス加工、精密金型設計・製作、高速光造形試作(工業・医療向け)、CAD製図(2D/3D)、製造業向システム設計、製品開発支援

新規会員登録