第12話 俺たちは相棒だ(5)

ガシャーン!

「やめてくれ」

小川は手元にあった工具箱を床に叩きつけると、搾り出すように言った。

「やめてくれよ。彼女のことをそんなふうに言うのは。そんな秘密聞きたくなかった。真由美さんがそんなふしだらな女だったなんて、知りたくなかったよ」

「シンジ、あきらめろ。真由美嬢には真由美嬢の都合があったんだろう。それよりおまえ、秘書課の紀香さんなんてどうだ」

「どうって、どういう意味だよ?」

「紀香さんのことを女としてどう思うかって聞いてるんだよ」

「あの伊東紀香さんか。仕事はできるみたいだし、きれいな人だとは思うけれど。あの人なんか暗いっていうか、人と話しているのをあんまり見たことないし、異性の対象としては考えたこともなかったなあ。オレはやっぱり、真由美さんのようにフェロモンむんむんの人がいいんだよなあ」

「しつこい野郎だな。これだけ言っても真由美、真由美って。いいか、紀香さんは良い人だぞ。好きになるならああいう人を好きになれよ。この会社のバカ女どもときたら、使い終わったお茶っ葉を片付けるのが面倒だと言って、どいつもこいつも俺様目がけて窓から投げ捨てるんだぜ。おかげで俺様の鮫肌のような鋳肌のひだの一つ一つにお茶っ葉がこびりついて、それが雨に濡れて腐ってきて臭いの臭くないのって。でもな、あるとき、バカ女がいつものようにお茶っ葉を投げ捨てようとするのを紀香さんが止めてくれたんだ。地味でおとなしいタイプだと思っていたけど、ダメなものはダメって、ちゃんとバカ女どもを叱ってくれた。俺はそのとき、女房にするならこんな人がいいなあって思ったんだ」

「お前、金型のくせに人間と結婚する気なのか?」

「例え話をしているんだろう、バカかお前は。いくら俺様でも人間と結婚できるなんて思ってねえよ」

「それを聞いて安心したよ。それにしても紀香さんって意外としっかりしているんだなあ」

チュン、チュン――知らぬ間に外が明るくなり、スズメも動き出したようだ。

「おいシンジ、やばいぞ。早いとこ俺を仕上げてくれよ。誰か人が来たら、また話せなくなっちゃうからさ」

「もっといろんな女の話を聞かせろよ」

「おい、お前はエンジニアだろう。女のことよりも目の前の金型だろう。納期はとっくに過ぎているんだぜ。俺が生み出す部品が何になるか、知っているんだろう」

「そりゃあ、知っているさ。なんたって、世界初のマグネシウム製ボンネットだからな。うちの会社が来春、世界同時発売する国産初のスーパーカーのボンネットだよ。知らない奴はいないんじゃねえか? だからよけいにオレへのプレッシャーが強いんだと思うけれど。技術部の連中ときたら、誰もがこの金型を担当したかったみたいだからな」

「だったら急ごうぜ。役員の工場視察は今日の午後だろう。社長に最高の金型を見せつけて、お前の実力を知らしめてやれよ」

「そうだな、女のことよりもそれが先だな」

EMIDAS magazine Vol.17 2008 掲載

※ この作品はフィクションであり、登場する人物、機関、団体等は、実在のものとは関係ありません

 

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