「よー、アッコちゃん、例のエコ・トイレ、どんな感じ?」
入江田が声をかけてきた。
「順調よ。いま、設計が終わって部品加工にとりかかってる」
「そうかい」
うれしそうに微笑んだ。
吾嬬町ネットワークの新年さいしょの会合だった。
「ところでさ、あんたにぜひ紹介したい男がいるんだよね」
そう言って、あたりをきょろきょろ見まわした。
「えーと、久しぶりに顔を出してたと思ったんだけどな――と。お、いたいた」
視線の先に、律儀そうに一礼している男の姿があった。
「おーい、こっちこいや」
入江田に呼ばれて、縁なし眼鏡に長めの七三の男性がこちらにやってくる。
「藤見さん」
「先日は失礼しました」
藤見がこんどは明希子に向って頭を下げた。
「なんだ、知ってたのかい? こないだの小野寺といい、おれが紹介しようとするやつは、みんなアッコちゃんと知り合いなんだもんな」
そこで入江田が、
「あっ」
思い出したように言った。
「そういや、小野寺がまた3人でいっしょに食事でもって、言ってたんだ」
――小野寺さんが。
「いや、おりゃあ、3人なんて言わねえで、直接アッコちゃんを誘やあいいじゃねえか、って言ったんだけどね」
会合のあと、近くにある居酒屋での新年会で、入江田と藤見、明希子はおなじ卓を囲んでいた。いやらしい笑みを浮かべた井野が、「ヒヒ」さかんに席に加わろうとしていたが、入江田が追い払った。
「いやさあ、こいつ、立派なんだ、えらいんだ。なにしろ、クルマだのなんだの自分ちのもんも一切合財処分して、それ退職金にあててさ、おまけに従業員の再就職先も世話してやったっていうんだから」
入江田が言うと、藤見が、
「すこしもえらくありませんよ。なにしろ会社を潰しちゃったわけなんですから」
その言葉に入江田もめずらしくしんみょうな表情になって、
「まあ、飲めよ」
藤見のぐい飲みに酒をそそいだ。
「7年がたちました。うちの、藤見製作所の仕事をするようになってから。ことしで8年め。そして、それは迎えられなかったわけです」
藤見が語りはじめた。
30歳の夏休みに久しぶりに実家を訪れた藤見は、家業の現状を眼の当たりにして愕然とする。社長である父もすでに還暦を過ぎ、祖父の代からの工場長もみな高齢だった。迷った末、藤見は、「継ごうと思うんだけど……」切り出した。
※ この作品はフィクションであり、登場する人物、機関、団体等は、実在のものとは関係ありません