「ひとを雇いたい? そりゃ本気ですか!?」
菅沼が興奮した声を上げた。
「ええ」
明希子はこたえた。
「アッコさんはいま無給だ。言いたくないが、アタシだってずっと給料10パーセントカットでやってる」
「申しわけないと思ってるわ」
「いや、アタシのことを言ってるんじゃない。いま、ウチがひとを雇える状態じゃあないってことなんです。まえにも言いましたが、高柳部長や里吉たちが抜けたのだって、いまのウチにしてみりゃ大助かりだったとアタシャ思ってるんだ」
明希子は菅沼を見つめ返した。
「それなら、会社にとってひとはエネルギーだというわたしの考えにもかわりないわ」
意見を戦わせる自分たちふたりを、昌代、泰子、小川が見ていた。それでいい、会社のことなのだ、みなのまえで話し合おう。いまは高柳の秘密めいた部屋も取り払われたし、社長室での幹部だけによる申し合わせもない。
ちいさな会社なのだ、みんなで情報を共有し、行き違いと誤解をなくそう。そうすれば受注ミスもなくなるし、誰にだってすぐに製品単価が取り出せる。
「いまの花丘製作所には絶対に必要な人材なの」
「アッコさんのいう必要な人材とは、三次元CADがつかえる設計ですか? それとも加工のベテラン職人ですか?」
「きょうからうちで生産管理を担当してもらいます」
明希子は朝礼で、花丘製作所の新しい従業員を紹介した。
「藤見です」
事務所に集まった全社員に向けて彼が挨拶した。
「私は、花丘製作所でふたつのことに取り組みたいと思います。ひとつは経理のシステム化です。そのためにパソコンを導入します」
「えー、パソコンですかあ」
昌代が不満そうな声を上げた。
藤見がそちらを見てうなずいた。
「さいしょは抵抗もあるでしょうが、慣れればどんどん便利になりますよ」
「あーあ、ユーウツ。わたし、機械って苦手なんだぁ」
藤見が全員に向き直って、
「もうひとつは工程管理です。これには会社内の“見える化”を促進します」
「なんだそらあ?」
とぼけた声を上げた菊本を土門が肘で小突いた。すると、菊本が大げさによろめく。
「受注した製品がいまどのような工程にあるか、それを社員全員がひと目でわかるようにする、ということだ」
藤見が菊本を見て毅然と言った。そして、ふたたび全員に顔を向けて、
「すべての社員が現場の動きを知ることで、作業のムリ・ムラ・ムダをなくし、効率よく生産性をあげてゆくのが情報の“見える化”です」
全員がキツネにつままれたような表情をしていた。
「きょうから会社のために一生懸命働きます。どうぞよろしくお願いいたします」
そうしていかにも律儀に一礼した。
一同が解散すると、藤見が明希子のもとにやってきた。