第10話 新しい力

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「ひとを雇いたい? そりゃ本気ですか!?」

菅沼が興奮した声を上げた。

「ええ」

明希子はこたえた。

「アッコさんはいま無給だ。言いたくないが、アタシだってずっと給料10パーセントカットでやってる」

「申しわけないと思ってるわ」

「いや、アタシのことを言ってるんじゃない。いま、ウチがひとを雇える状態じゃあないってことなんです。まえにも言いましたが、高柳部長や里吉たちが抜けたのだって、いまのウチにしてみりゃ大助かりだったとアタシャ思ってるんだ」

明希子は菅沼を見つめ返した。

「それなら、会社にとってひとはエネルギーだというわたしの考えにもかわりないわ」

意見を戦わせる自分たちふたりを、昌代、泰子、小川が見ていた。それでいい、会社のことなのだ、みなのまえで話し合おう。いまは高柳の秘密めいた部屋も取り払われたし、社長室での幹部だけによる申し合わせもない。

ちいさな会社なのだ、みんなで情報を共有し、行き違いと誤解をなくそう。そうすれば受注ミスもなくなるし、誰にだってすぐに製品単価が取り出せる。

「いまの花丘製作所には絶対に必要な人材なの」

「アッコさんのいう必要な人材とは、三次元CADがつかえる設計ですか? それとも加工のベテラン職人ですか?」

「きょうからうちで生産管理を担当してもらいます」

明希子は朝礼で、花丘製作所の新しい従業員を紹介した。

「藤見です」

事務所に集まった全社員に向けて彼が挨拶した。

「私は、花丘製作所でふたつのことに取り組みたいと思います。ひとつは経理のシステム化です。そのためにパソコンを導入します」

「えー、パソコンですかあ」

昌代が不満そうな声を上げた。

藤見がそちらを見てうなずいた。

「さいしょは抵抗もあるでしょうが、慣れればどんどん便利になりますよ」

「あーあ、ユーウツ。わたし、機械って苦手なんだぁ」

藤見が全員に向き直って、

「もうひとつは工程管理です。これには会社内の“見える化”を促進します」

「なんだそらあ?」

とぼけた声を上げた菊本を土門が肘で小突いた。すると、菊本が大げさによろめく。

「受注した製品がいまどのような工程にあるか、それを社員全員がひと目でわかるようにする、ということだ」

藤見が菊本を見て毅然と言った。そして、ふたたび全員に顔を向けて、

「すべての社員が現場の動きを知ることで、作業のムリ・ムラ・ムダをなくし、効率よく生産性をあげてゆくのが情報の“見える化”です」

全員がキツネにつままれたような表情をしていた。

「きょうから会社のために一生懸命働きます。どうぞよろしくお願いいたします」

そうしていかにも律儀に一礼した。

一同が解散すると、藤見が明希子のもとにやってきた。

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