「なんだかその会話のやりとりがね」
「夫婦みたいなんですか?」
「ううん、そうじゃなくてもっと初々しいの。まるで中学生のカップルみたい」
明希子は理恵といっしょに会社近くのファミリーレストランでドリンクバーのついたランチセットを食べていた。理恵が社用でこのあたりまできたので、いっしょに食事しようということになったのだ。
「工場長さんてずっと独身だったんですか?」
カルボナーラをフォークとスプーンをつかって食べながら理恵がきいた。
「6年まえに奥さんを婦人科系のがんで亡くしたの。お嬢さんがひとりいたけど、一昨年結婚して家を出たから、いまはひとり暮らし」
明希子はかれいの煮つけ膳を選んでいた。最近のファミレスは和食もなかなかいける。
「昌代さんでしたっけ? その経理の女のひとも独身なわけだし、なにも問題ないじゃないですか」
理恵があっけらかんと言う。
「そうね」
たしかにそのとおりだ。もしもほんとにそうだったとしたら……。明希子はなんだかうれしくなってきた。
「工場長さんて、わたしもいちど会ったことあるけど、あのハゲたふとってるオジサンですよね」
「え、まあね」
「ふーん、ひとの好みっていろいろなんですね」
「わたしの青春は花丘製作所に捧げた」が口癖で、ときに、「わたしのなかには愛人体質がひそんでいるかもしれませんわ」と意味深長な発言をする昌代の、メタルフレームの眼鏡越しに浮かんだコケティッシュな笑みを明希子は思い浮かべていた。
「ところで理恵ちゃん、例の轟屋のガイドブックの進捗状況はどう?」
「はい! 副部長代理、順調であります!! ……なんて、ほんとは、いざはじめてみると、SPの取材原稿のできがあんまりよくなくて」
「ま、がんばって」
「えー、冷たいじゃないですかアッコさん」
「冷たいもあったかいもないわ。こっちも手いっぱいだもの」
「たいへんなんでしょうね、社長業って。でも、こんど生産管理を担当するひとが新しく入ったって……」
「理恵ちゃん、それ?」
彼女があわてて、
「飲みものとりに行こうかな」
立ち上がろうとするのを明希子は引き止めた。