第14話 マニラへ

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「アッコさん、伊澄製作所の伊澄という方からお電話が入っていますが」

そう泰子に言われ、はて誰だったか? と考えた。

「“お宅のホームページを見た”っておっしゃってますけど」

その一言で明希子の表情はぱっと明るくなった。

「換わりました、花丘と申します」

受話器を取り上げると明希子は名乗った。

「なるほど、その声は女の社長さんやね」

電話の向こうの男性が関西弁のイントネーションで言った。

「それに、なかなかべっぴんそうや」

なんだ、冷やかしの電話かと思い、がっかりしそうになった。

「いや、あんたんとこのホームページ見させてもろて、〔代表取締役・花丘明希子〕となってたもんやから、どんなひとやろ思て電話してみたんや」

「はあ」

なんでもいい、ホームページによってはじめて問い合わせがあったのだ。逃す手はない。

「女性の経営者がそんなに珍しいですか?」

「はは、これはなかなか鼻っ柱が強そうや。ええな、気に入った。今回はお宅に決めた」

「え?」

「いや、東京に行く用事があるたびに、なるべく新しい会社をのぞかせてもらお、思うとるんやが、こんどはお宅に寄らしてもらうことにしたわ」

株式会社伊澄製作所の伊澄社長は、電話で言っていたとおり1週間後の午後に花丘製作所を訪ねてきた。白髪で、ライトグレイのスーツに薄いピンクのシャツ、紺のドットタイの伊澄は、電話の声の印象とはちがう知的な紳士だった。が、その一方で、どこか食えない雰囲気もしっかりと漂わせていた。

明希子は工場を案内した。

「5軸があるんやね」

と伊澄が言った。

「しかも2台も。いや、失礼やけど、お宅さん規模のとこで、ちょっと不釣合いな気がしてな」

先日の三洋自動車の一件がよぎり、明希子のなかに苦いものが広がった。

――そのために導入したマシンだったはずなのに……。

事務所のブースで伊澄と向かい合った。

「伊澄さんは、女が社長であることに興味があって、うちにお越しいただいたんですよね」

「それだけやないけど、まあ、きっかけではあったかな」

「製造業界では女性社長は、やはり難しいのでしょうか?」

「あんた自身どう感じとるね、アッコさん?」

明希子は黙った。

「キツイて、顔に書いてあるがな」

伊澄が笑ってから、

「まあ、難しいやろな、女社長は。うちの方でも、最近ひとつダメになったとこがあったしな」

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