「アッコさん、伊澄製作所の伊澄という方からお電話が入っていますが」
そう泰子に言われ、はて誰だったか? と考えた。
「“お宅のホームページを見た”っておっしゃってますけど」
その一言で明希子の表情はぱっと明るくなった。
「換わりました、花丘と申します」
受話器を取り上げると明希子は名乗った。
「なるほど、その声は女の社長さんやね」
電話の向こうの男性が関西弁のイントネーションで言った。
「それに、なかなかべっぴんそうや」
なんだ、冷やかしの電話かと思い、がっかりしそうになった。
「いや、あんたんとこのホームページ見させてもろて、〔代表取締役・花丘明希子〕となってたもんやから、どんなひとやろ思て電話してみたんや」
「はあ」
なんでもいい、ホームページによってはじめて問い合わせがあったのだ。逃す手はない。
「女性の経営者がそんなに珍しいですか?」
「はは、これはなかなか鼻っ柱が強そうや。ええな、気に入った。今回はお宅に決めた」
「え?」
「いや、東京に行く用事があるたびに、なるべく新しい会社をのぞかせてもらお、思うとるんやが、こんどはお宅に寄らしてもらうことにしたわ」
株式会社伊澄製作所の伊澄社長は、電話で言っていたとおり1週間後の午後に花丘製作所を訪ねてきた。白髪で、ライトグレイのスーツに薄いピンクのシャツ、紺のドットタイの伊澄は、電話の声の印象とはちがう知的な紳士だった。が、その一方で、どこか食えない雰囲気もしっかりと漂わせていた。
明希子は工場を案内した。
「5軸があるんやね」
と伊澄が言った。
「しかも2台も。いや、失礼やけど、お宅さん規模のとこで、ちょっと不釣合いな気がしてな」
先日の三洋自動車の一件がよぎり、明希子のなかに苦いものが広がった。
――そのために導入したマシンだったはずなのに……。
事務所のブースで伊澄と向かい合った。
「伊澄さんは、女が社長であることに興味があって、うちにお越しいただいたんですよね」
「それだけやないけど、まあ、きっかけではあったかな」
「製造業界では女性社長は、やはり難しいのでしょうか?」
「あんた自身どう感じとるね、アッコさん?」
明希子は黙った。
「キツイて、顔に書いてあるがな」
伊澄が笑ってから、
「まあ、難しいやろな、女社長は。うちの方でも、最近ひとつダメになったとこがあったしな」