明希子は事務カウンターを抜けると、社の正面の窓辺に立った。見下ろすと、車寄せにひとりぽつんと菅沼の姿がある。
急いで階段を下り、外に出た。明希子の鼻先を紫煙のにおいがかすめた。
春の明るい真昼。降りそそぐ暑いくらいの陽光にじりじりと炙られながら、菅沼がぼんやりと煙草を喫っていた。
「工場長……」
照れたような笑みを浮かべて菅沼が明希子を見た。
「煙草、やめたんじゃなかったんですか?」
「ええ。いや……まあ、ちょっと」
明希子は言葉が見つからなかった。
「久しぶりに喫ってみると、うまいもんじゃあないな」
そう言いながら、なおも煙を吹かしつづけた。
「どら、蕎麦でも食ってくるかな」
作業ズボンのポケットに両手を入れ、くわえ煙草の菅沼が歩き出し、立ち止まった。
「アッコさん、あたしゃ、ばかですね」
背中を向けたままで言う。
明希子は、とぼとぼと去ってゆくその後ろ姿を黙って見送るしかなかった。
ひとの心を覗き見ることはできないのだ、と明希子は思った。
昌代の心も。小野寺の心も。心に窓でもない限り。
――窓!
明希子は会社の階段をこんどは急いで駆け上がり、依然として祝賀ムードに満ちた三階フロアを横切ると設計部に直行した。
「ホームズ!サーボ・ダブルスライド金型に窓をつけられないかしら?!」
隅にある自分の席で頭抱えポーズでいる夏目に向かって言った。
「窓……ですか?」
夏目がのっそりと顔を上げた。
明希子はさらに言う。
「射出成形機の材料密度が問題なら、金型に入ってくる材料の量を見ることはできないかと思ったの。窓をあけてね」
それが明希子がつかんだヒントだった。傷ついている工場長にはたいへん申し訳ないのだけれど。
「窓……窓……窓……」
夏目がぼんやりとつぶやきながら考えている。やがて、ぶるりと身震いした。
「そ、そ、そ、それだ!窓ですよ!」
興奮して言った。明希子もうなずき返した。どうやら自分の意図するところが、夏目に伝わったみたいだ。
夏目が立ち上がり、喜色満面にバンザイのポーズをした。
「すごい型だ!これはすごい金型になるぞ!」
すると、また夏目が、はたとなにかに気がついたように悄然とした表情になった。
「だけど、実際にできるかどうか……耐熱性がわからないな……」
夏目がふたたび椅子にどすんと腰を下ろし、頭を抱え込もうとする。明希子はそんな彼の作業服の胸元をつかんで引き起こした。
夏目が驚いたように眼をぱちくりさせている。
「ホームズ、ひとつ言っておきたいことがあるの」