三洋自動車S工場で行われる検査には、小川、夏目、明希子の三人で臨んだ。
トライアル用の射出成形機に設置した金型配信が温まる頃、作業服姿の桑原部長と坂本が姿を現した。
「おおっ?!」
「こ、これは……」
直径三ミリほどの丸いちいさな窓のあいた金型を見て、ふたりは声を失っていた。
「サーボ・ダブルスライド金型-光ファイバーセンサー・スペシャルバージョンです」
黒いスーツに、三洋自動車の作業用キャップを被った明希子は言った。
「この金型なら、貴社のご要望にかなうラジエターキャップができるはずです」
そこで桑原を見つめ、坂本を見つめた。
「設計責任者の方も、品質管理の方も満足していただける、仕様書以上のものをとのご要望にかなう製品が、です」
桑原と坂本が居心地悪そうな表情をした。
「コホン……」
桑原が軽く咳払いし、
「では、始めましょうか」
と言って、射出成型機の前にいるオペレーターに向けて手で合図した。
オペレーターが、手に提げていた水を満たしたバケツを成形機の傍らに置く。
「必要ありません」
明希子は言った。
「え?」
若い、向こう意気の強そうなオペレーターが不満げに明希子を見返す。
「サンプルを冷却させるための水ですよ」
「この型でつくる製品は、水に浸けなくても大丈夫です」
彼は明希子の言葉に明らかに反発を感じたようで、ムスッとしたまま成形機の操作に取り掛かった。
「待って!」
明希子は成形機の下を覗き込むと、そこにある温調機の設定温度を確かめた。デジタル数字が〔120℃〕を表示していた。
「高すぎます」
「えーっ?!」
三洋自動車のオペレーターが業を煮やしたように、
「笹森産業さんの型は一二〇度で設定していたんですよ。それでもヒケてたっていうのに」
「そう。笹森産業さんの型は、ヒケをなくすために高い温度設定で保圧力を高めていました。金型を長く閉じた状態にし、そこに少しずつ多量の樹脂を流し込むことで、製品を肉厚にしようとしたわけです」
そんなことは言われなくても分かっているといった表情でオペレーターが鋭い視線を返してくる。
「当然、製品も高温になります。打ち出された製品の内部はまるでマグマのようでしょう。外部をも溶かし、変形させてしまいかねません。そうしないために、水で急冷する必要があったんです。それは、そのための水ですね」
明希子はオペレーターの足元にあるバケツを示した。
「しかし、うちの型はもっと低い温度設定で大丈夫です。そう、十度下げてください」
「一一〇度に!?」
「ええ、そうしないと、金型が噛んで(凹凸部分が組み合ったまま離れなくなって)、オシャカに(使いものにならなく)なります」
「ずいぶんとデリケートなんですね」
彼は不満そうだったが、言われるままに温調機の設定を変えた。
「じゃ、いきますよ」
いささか投げやりな感じで言い放つと、オペレーターが射出成形機を作動させた。