kataya

第18話 町工場

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三洋自動車S工場で行われる検査には、小川、夏目、明希子の三人で臨んだ。

トライアル用の射出成形機に設置した金型配信が温まる頃、作業服姿の桑原部長と坂本が姿を現した。

「おおっ?!」

「こ、これは……」

直径三ミリほどの丸いちいさな窓のあいた金型を見て、ふたりは声を失っていた。

「サーボ・ダブルスライド金型-光ファイバーセンサー・スペシャルバージョンです」

黒いスーツに、三洋自動車の作業用キャップを被った明希子は言った。

「この金型なら、貴社のご要望にかなうラジエターキャップができるはずです」

そこで桑原を見つめ、坂本を見つめた。

「設計責任者の方も、品質管理の方も満足していただける、仕様書以上のものをとのご要望にかなう製品が、です」

桑原と坂本が居心地悪そうな表情をした。

「コホン……」

桑原が軽く咳払いし、

「では、始めましょうか」

と言って、射出成型機の前にいるオペレーターに向けて手で合図した。

オペレーターが、手に提げていた水を満たしたバケツを成形機の傍らに置く。

「必要ありません」

明希子は言った。

「え?」

若い、向こう意気の強そうなオペレーターが不満げに明希子を見返す。

「サンプルを冷却させるための水ですよ」

「この型でつくる製品は、水に浸けなくても大丈夫です」

彼は明希子の言葉に明らかに反発を感じたようで、ムスッとしたまま成形機の操作に取り掛かった。

「待って!」

明希子は成形機の下を覗き込むと、そこにある温調機の設定温度を確かめた。デジタル数字が〔120℃〕を表示していた。

「高すぎます」

「えーっ?!」

三洋自動車のオペレーターが業を煮やしたように、

「笹森産業さんの型は一二〇度で設定していたんですよ。それでもヒケてたっていうのに」

「そう。笹森産業さんの型は、ヒケをなくすために高い温度設定で保圧力を高めていました。金型を長く閉じた状態にし、そこに少しずつ多量の樹脂を流し込むことで、製品を肉厚にしようとしたわけです」

そんなことは言われなくても分かっているといった表情でオペレーターが鋭い視線を返してくる。

「当然、製品も高温になります。打ち出された製品の内部はまるでマグマのようでしょう。外部をも溶かし、変形させてしまいかねません。そうしないために、水で急冷する必要があったんです。それは、そのための水ですね」

明希子はオペレーターの足元にあるバケツを示した。

「しかし、うちの型はもっと低い温度設定で大丈夫です。そう、十度下げてください」

「一一〇度に!?」

「ええ、そうしないと、金型が噛んで(凹凸部分が組み合ったまま離れなくなって)、オシャカに(使いものにならなく)なります」

「ずいぶんとデリケートなんですね」

彼は不満そうだったが、言われるままに温調機の設定を変えた。

「じゃ、いきますよ」

いささか投げやりな感じで言い放つと、オペレーターが射出成形機を作動させた。

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