kataya

第五章:助っ人

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毛利の父親である社長が、全員を帰宅させることに決めたのは、間断なかった余震に落ち着く気配が見えてきた頃だった。
工場長と毛利が付き添って、最小限の私物を持ち出すために数人ずつを工場内へと戻す。そして、順番に帰宅の途に就かせた。
やがて、両親と一緒に毛利も帰宅し、このような家の惨状を知るが、それどころではなかった。
「ウチはね、四百年以上続いてる旧家でね。そのせいか、家が建ってる地盤ていうのかな、それが頑丈でね、まあ、これくらいで済んだんだけど、近所では潰れてしまった家もあるんだ。ほら、田んぼや畑を埋めたような土地だと、やっぱり弱いから」
拳磨もバイクで走って来る途中で、倒壊した家屋を幾つも見てきた。
「それだけじゃない、ダムが決壊して、流されたちゃったところもあって、死者も出てる。津波とか、原発事故とかあまりにも大きなニュースで埋めつくされて、こうした報道されてない被害もたくさんあるんだよね。普段なら一面トップの扱いになるようなことがね」
拳磨も、自分がどんなに震災と関係ないところにいたのかを旅路の中でつくづく思い知らされていた。
「それでもさ、なにがあってもさ、やっぱりウチとしては工場をなんとかしなくちゃならないワケなんだよ。お客さんも待ってるしさ」
拳磨は頷いた。

毛利は両親とともに震災の翌日には工場に出向き、復旧に努めた。しかし、床に散らばっているガラス片を始末するだけで大変である。工場長もやってきてくれ、余震におびえながら四人で土日を徹して作業したが、らちが明かなかった。
月曜日、思いもかけず社員二十人全員が集まった。
みんな家のことも大変だろうに、こうしてやってきてくれた。毛利はうれしく、心強かった。
「さあ、みんなで力を合わせて片付けよう!」そう心を一つにした時だ、また大きな余震が起こった。
皆、たまらず屋外に退去。再びやむなく解散となった。
社員には自宅待機を命じたが、毛利と両親、工場長の四人でそのまま深夜まで片付け作業を続けていたところに、ひょっこり現れたのが拳磨だったというわけだ。
「腹減ってるんじゃない?」
朝、家でトーストを齧っただけでなにも食っていなかった。
毛利が階下に降りていき、真っ白な握り飯を二つ皿に載せて戻ってきた。
「いただきます」
疲れていたせいか、それまで空腹を感じていなかったが、飯を口にすると、後から後から飢えが押し寄せてきた。中になにも具が入っていない、塩をまぶしただけの握り飯がやけにうまかった。
「福島県はね、昔から地震のない土地って言われてたんだ。遷都の噂が持ち上がったくらいにね。だから、ウチもそうだけど、地震に対する備えがないとこがほとんどなんだよね。きっと、すぐにいろんな物が足りなくなって来るんだろうな」

毛利の言葉通りになった。
翌朝、拳磨が改めて毛利の父、樽夫(たるお)に挨拶すると、
「ウチは小作農の親戚がおるから、米だけはなんとかなっとるけど、店には食いもんなんて、もうなんにも置いてねえべ」
そう言っていた。
「すみません。たいへんなところにのこのこやってきて、口がひとつ増えちゃったみたいで……」
思わずそう謝った。
「ンなことねえ。いや、よくきてくれた。そうか、オニセンが、あんたに行ってこいって、そう言ったか。ありがてえ」
「オニセン、ですか?」
「あんたんとこの社長だべ。旋盤の鬼――だからオニセンだ」
「旋盤の鬼だったら、センオニになるんじゃあ?」
「センオニじゃあ言いにくいだろ。ケンカっ早(ぱや)そうな見かけによらず、細(こま)けえな、剣君も」
そんなもんだろうか……まあ、いいか。
「それに、あいつの名前は鬼頭仙作(せんさく)。それ縮めてオニセンてえのも掛け合わせてあんだ。なかなかシャレてるべ」
もうどうでもよかった。
今朝も、毛利の母親、久子(ひさこ)が握ってくれた塩むすびを頬張って家を出る。
「ごめんなさいね、おむすびの中に入れるものがなにもなくて」
樽夫が鬼頭と同様に無骨な職人タイプの男であるのに比して、久子は社交的な感じの明るい美人だった。
小雪のちらつく中、樽夫のセダンで工場へと向かう。運転は毛利が、助手席に樽夫が座り、拳磨は後部席に乗っていた。
「あの日、地震のあとは、俺はもう記憶がねえんだ」
前を向いたままで樽夫が問わず語りに語りだした。
「これまでだっていろんなことがあった。ITバブルの崩壊も、リーマンショックん時も、そのたんびになんとか頑張ってしのいできた。原因があれば、手を打って、乗り越えることもできる。それが、今度のは……いきなりグシャッと、工場を鷲掴みにされちまった気がした。一生懸命仕事してきて、なんにも悪りぃことしてねえのによ……」
車内はしんとしていた。毛利も拳磨もなにも言わず、ただ樽夫の声に耳を傾けていた。
「工場の外に出たはいいけど、俺は世の中終わったような気分で立ち竦んでたべ。すると、せがれが、専務がさ、俺の代わりに点呼とったりしてな」
そうか、先輩は毛利製作所では専務なんだなと思いながら、無言で運転している彼の横顔を拳磨は眺めた。
「点呼とって、一人足りねえって分かった時も、真っ先に工場に入っていく専務の姿に、コイツいつの間にか成長したぞって思ったんだ」
そう見ると、先輩の頬のあたりに頼もしさを感じた。

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