kataya

第八章:削り

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工場跡地を再利用した諏訪湖イベントホールは工業メッセなどが開催される大型施設だ。本来なら、機械の運搬や設置に手間と経費がかかる旋盤競技の場合、メイン会場近くにある訓練校や工業高校などを利用して競技が行われる。ところが今回は、開催地となる長野県が、県内の公立施設の旋盤を新規に入れ替えることになり、一旦ここに搬入することで、偶然にも華やかな会場での競技実施となったのだ。
各種目の競技エリアはポールとチェーンで囲まれている。切り子が飛散するフライス盤と旋盤は、さらに透明アクリル板で遮られていた。
「外から客に見られながら作業するわけか。なんか見せ物みてえだな」
拳磨はそんな悪態をつく。
受付を済ませ、競技ゼッケンを受け取った。29番。
「いい番号だ」
と室田が言った。
「そうか?」
「いい番号だと思やあ、いい番号なの」
指定された競技エリアに入る。
拳磨は自分に割り当てられた旋盤のハンドルを二度、三度と回した。
「すっげえ。ウチのおんぼろ機械とはわけが違う。こんなにいいのでやれるんなら、プラマイ0もいけそうだ」
「さあ、始めようぜ」
室田が言って、旋盤の主軸台の上に平らな板を載せる。今度は紙を折って箱をつくり、板に置いた。その中に、チップの形状の異なるバイトやノギス、ダイヤルゲージなどの測定器、ハンマ、部品緩め工具を作業者が扱いやすいように並べていく。紙の箱は少しでも荷物を減らすようにという室田のアイデアだった。
工具展開に与えられるのは一時間だ。その間に、備え付けの整理棚やラックを利用して良好な作業環境を二人して整えなければならない。とはいえ、拳磨のほうはもっぱら初めて出会った旋盤の調整に専念することになる。
旋盤の前の床には、すでに会場で用意されていた簀の子板が敷かれていた。この踏み台の高さに合わせてバイト台や測定台を決めていく。トラックで搬入する企業なら、日頃馴染んでいる踏み板を持参することもできるが、自分たちには望むべくもない。
主軸台に持参したチャックを取り付ける。いちばん神経を使うのが芯(しん)高(だか)だ。あらかじめ艶出しして(研いで)きたバイトの下に敷金を入れ、その厚みで高さを調節する。あとは持参した材料を加工しながら微調整する。
「旋盤の選手は集合してください。説明がありますので集合してください」
ハンディマイクを持った補佐員が招集をかけて回る。
工具展開に与えられた一時間が経過したので、付き添い人の室田は競技エリアから出なければならない。
Bグループの選手十五名が競技委員の前に整列した。神無月産業系列の人間はすぐに分かった。皆が作業服というより洗練されたデザインの動きやすそうな光沢のある紫色のユニフォームを身に着けていた。ロゴマークのデザインや付いている位置、腕にラインが入っていたりといった若干の違いはあっても兄弟会社のユニフォームの基調は一緒だった。
拳磨は彼らになるべく視線を向けないようにしようとしたが、十一人という数は嫌でもこちらを威圧して来る。
彼らは委員の競技説明を受けながら、時折目を見交わし、笑みさえ浮かべていた。それ以外の三人の選手は心細そうに下を向いている。
各人が材料の入ったプラスチックケースを受け取った。これから試し削りを行う。
十五名が競技エリアに戻ると、十八時ちょうどに競技委員のホイッスルが鳴った。いっせいに旋盤がうなりを上げる。
競技は課題図面に沿って四つの材料を削り、お互いをねじで組み付け長手の最長部分が一六八ミリの複雑な形状の製品をつくる。今行っているのは、試し削りとはいっても、明日行われる競技用の四つの部品の基礎的な外径加工なのだ。もはや競技の一部だった。
十八時五十分、再びホイッスルが聞こえ、試し削り終了。四つの部品の加工寸法をチェックし、プラスチックケースに入れると検査場所に返す。
アクリル板の向こうにいた室田が、清掃のために競技エリアに戻って来た。
「どうだ?」
「イイ感じだな」
「神無月んとこの作業服、えらいカッコいいな」
「着てるもんで削るわけじゃねえよ」
室田が甲斐甲斐しくほうきで切り子を掃いていく。掃除を続けながら、
「さあ、ほうとうでも食いに行こうぜ」
のん気に言う。
「だから、ほうとうは山梨だって」
「ああ、山梨だっけか」
拳磨はそんな室田の存在がありがたかった。
晩飯を食って予約しておいたビジネスホテルの部屋に入る。室田のいびきで睡眠不足にならないようにと、鬼頭が別々の部屋を奮発してくれた。
拳磨はサヨに電話した。
「このあいだ、お母ちゃんが海に会いにきたの。抱っこして嬉しそうだった」
「そうか。よかったな」
「それと、ゴロちゃんから電話があった。悪いけどもう会えないって」
「海にも会おうとしないのか?」
「自分には会う資格がないって」
「おまえ、それでいいのか?」
「あたしね、いつゴロちゃんがいなくなるんだろうって、びくびくしながら暮らしてたの」
「え?」
「いつ、あたしに飽きて、出てっちゃうんじゃないかって」
「おまえに飽きる?」
「あたしってこんなでしょ。バカだし、なんの取り柄もないし、それに……」
「もうよせ」
「だって」
どうしてサヨ、自分のことをそんなふうに言うんだよ。おまえは、俺にとっておまえは……
「ケンちゃんが旋盤の競技会に出るって、ゴロちゃんにも言っておいた。でもやっぱり合わせる顔がないって」
拳磨は黙っていた。
「明日頑張ってね」
「これが終わったら会いに行くからな、おまえと海に」

 

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