kataya

終章:駅

明日の閉会式での表彰を前に、AからEグループすべての旋盤選手が競技場に集められ、結果発表が行われた。
拳磨は鬼頭とともに再び諏訪湖イベントホールにやってきていた。
競技委員長がハンディマイクを持ち、上位選手を読み上げる。
「第五位――」
全員が固唾を呑んで聞き入った。もちろん拳磨も。隣で鬼頭だけが飄々とした顔でいた。
百点満点の配点は組立寸法四十点、部品寸法四十点、主観採点二十点である。この場での得点発表はない。得点について問い合わせがある場合は、事業所もしくは選手が主催者側に直接行うのが大会ルールである。
五位から三位まではすべて神無月産業の選手で占められた。
「さて、第一位と第二位についてですが、東京都代表、鬼頭精機の剣選手と千葉県代表、飛葉金属のディエップ選手が同得点であり、また、作業時間の差も一分以内でした」
選手や関係者がざわめいた。
「よって、これから二人の選手によるプレーオフを行います」
競技委員長が宣言した途端、どわーっという声が上がった。次の瞬間、切り裂かれるように自然と人波が分かれた。列の中には、依然として不敵な笑みを浮かべたままの神無月純也の顔もある。そして向こうに飛葉とディエップの姿が見渡せた。
拳磨は用意された白い作業服に着替えた。ディエップも白い作業帽と作業服を身に着け隣の旋盤の前に立っている。
ホイッスルが鳴り、標準競技時間三時間の作業を行った。二つの加工物をねじで組み付ける製品が課題だ。公差はプラス‐マイナス〇・〇二。
それは拳磨が初めて経験する美しく張り詰めた時間だった。自分とディエップの旋盤の音だけが聞こえる美しい時間。こんな時間てあるんだな、と拳磨は思った。自分たちは違う時空にいるのだ。それは永遠のようにも、一瞬のことのようにも感じられた。いずれにせよ、消えていってしまう尊い時。
拳磨は名残惜しく感じながら、
「ハイ」
と手を挙げ、作業終了の意志表示をした。
すると隣で、ほほ笑んだようなあの表情でディエップも手を挙げていた。
拳磨は、うなりを終え眠りに就こうとする旋盤を再び揺り起こさないように、そっと前を離れた。
アクリル板の向こうで、人々だけでなく宇宙全体が息をひそめていた。

再び競技委員長が結果発表のために前に立った。
「えー、通常は得点発表はしないのですが、プレーオフ特別ルールとして、ここで得点の発表も行います」
場内が緊張に包まれる。
「ディエップ選手九十八点」
委員長が辺りを見回すようにして一拍間を置いた。
「これに対して剣選手九十七点」
負けた――拳磨は思った。だが、不思議と悔しさはなかった。きっと自分が旋盤てやつが好きで、コイツとどこまでも付き合っていこうと確認できたからなのだろう。
なおもハンディマイクを使っての委員長の説明は続く。
「組立寸法、部品寸法、外観の出来栄えともに両選手の製品には明らかな差はありませんでした。今回、審査委員の主観採点で優劣がついたのは、組み付けの際の扱いやすさです。ディエップ選手の製品には、数字上に現われない使い勝手のよさがあるんですな」
拳磨はディエップに歩み寄り、手を差し伸べた。
「やられたよ」
ディエップも手を差し出してきて、二人は握手した。
拳磨は飛葉のほうを向いて、
「飛葉さんの育てた弟子に負けたわけですね、オニセンの弟子の俺が」
飛葉がゆっくりと笑った。
「いや、オニセンはそんなふうに思わんのじゃないかな、勝ったとか負けたとか」
そう言って拳磨の肩越しに視線を移した。
振り返ると、鬼頭がいつもののほほんとした表情でこちらを眺めていた。
「それにな、剣君……」
と飛葉がなにか言いかけた時、競技委員長の声がマイクを伝って響いた。
「ところでディエップ選手ですが、外国籍のため、今回は参考記録とします」
えーっ! というどよめきが響いた。
「したがって、剣選手が第一位となり、来年七月にドイツのライプツィヒで行われる技能五輪国際大会の出場権を獲得することになります」
飛葉が審査委員長の言葉を受けて、
「そういうことなんだよ、剣君」
と言った。

 

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