「こら、おまえ、どさくさにまぎれてなにしやがる!」
菅沼がそれを引きはがす。
明希子は土門を振り仰いだ。
「いけますね」
ぼそりと彼が言った。
――なんだ、めったに口をきかないけど、いい声してるんじゃない。
そんなことを思っていた。
「でも、平面を凸凹にコア抜きする、となると、もうひとつサーボを入れることになるな」
夏目がふたたび難しい表情になっていた。
「喜ばせたり、がっかりさせたり。おう、夏目よ、いってえどっちなんだ? できるのか? できないのか?」
菅沼がせっつく。
「うーん……わざわざ回転コア用のサーボをこの型に付ける、そのスペースがあるかどうか……えーっと……」
ぶつぶつ言いながら夏目がまた椅子に座ると、眼のまえのノートに計算式を書き連ねはじめた。
みなでじっと彼を見つめていた。
しばらくして夏目がペンを置いた。
「ホームズ――」
声をかけると、明希子に向かって彼がうなずいた。
「だいじょうぶ。計算上は変更可能です」
「よっしゃー!」
明希子は握りこぶしを高々と上げた。
「しかし、肉抜きにねえ……そんなこと思いつきもしなかったなあ」
菅沼があっけにとられたように言った。
「現場慣れしてる我々には固定概念ができてしまってますからね」
と藤見。
すると菅沼が、
「固定概念か――ちげえねえや」
と、珍しく彼の意見に同意して、
「肉抜きにそんな手のこんだ細工するなんざ、なあ。コストのかかったぜいたくな金型になったもんだ」
菅沼が明希子に向かって、
「アッコさん、ここはひとつ、三洋自動車にどーんと請求しないといけませんね」
「それはだめ」
「なぜです?」
「この仕事は、あくまでうちがさいしょに提出した見積で請けたいの」
SPECIAL THANKS TO
株式会社みづほ合成工業所・後藤敏公社長